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ソニーの電気自動車はテレビを変えた“Apple TV”になるか。財務分析で深読みする自動車業界の未来 - Business Insider Japan

会計とファイナンスで読むニュース

David Paul Morris/Bloomberg via Getty Images

前回は、「ROE」や「財務レバレッジ」「総資産回転率」「売上高当期純利益率」という指標を使って、トヨタ、日産、ホンダの「やりくり上手」度合いと、経営の仕方にどんな個性があるのかを分析してきました。

その結果、「ROE」という総合的な生産性の高さを測るものさしではトヨタが1位であることが分かりました。とはいうものの、ROEを3つに分解してより詳しく分析していくと、新たな発見も……。

資本の生産性を測る「財務レバレッジ」では日産が、資産の生産性を測る「総資産回転率」ではホンダが、そして売上の生産性を測る「売上高当期純利益率」ではトヨタがそれぞれ1位という結果になりました。これは、「やりくり上手」にも3社3様の個性があることの表れです(図表1参照、セルが赤い箇所は3社中1位の指標)。

図表1

(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)は米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。ROEの分母である純資産(Yahoo! ファイナンスでは自己資本)は、分かりやすくするため単純化して2019年3月期の値を採用している。なお、ROEの計算方法によっては、分母の純資産として、一定時点の残高ではなく期中の平均値を採用する場合や、そもそも純資産の部の合計から一部項目を除外する場合など、目的によってさまざまな計算方法がある。

さて、そんな自動車業界に、2020年1月、気になるニュースが飛び込んできました。1月にラスベガスで開催されたCES(世界最大のハイテク見本市)において、あのソニーが「VISION-S」という電気自動車(EV)を発表したのです。

果たしてソニーは、「VISION-S」にどんな狙いを込めているのか。すでに熾烈な自動車業界に参入する狙いがあるのか——そんな気になる疑問について、今回はソニーがどのくらいの「やりくり上手」なのかを分析しながら考えていくことにします。

ソニーとトヨタ、やりくり上手はどっち?

まず前回説明した方法で、ソニーの生産性の高さについても見ていきましょう。

先の図表1に、ソニーのROE、財務レバレッジ、総資産回転率、売上高当期純利益率標を追加したものが図表2です(図表中、セルが赤い箇所は4社中1位の指標)。

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(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)とソニーは米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。

ご覧のとおり、ソニーは自動車メーカー3社と比較して、ROE、財務レバレッジ、売上高当期純利益率の3つの指標でトップです。とりわけ目を引くのはROEの高さ。自動車メーカー中トップのトヨタですら9.49%のところ、ソニーは24.46%と2倍以上です。

もちろん、企業の収益構造は属する業界によってある程度決まってきます。どれほどやりくり上手の企業だとしても、かたや自動車業界のトヨタ、かたや電気機器業界のソニーでは、ROEの水準に違いが出るのは当然のことです(ちなみに、日本の上場企業のうち、自動車業界のROEの平均値は7.79%、電気機器業界は13.35%です※1)。

このような業界による違いはあるにせよ、それでもなおソニーの生産性について特筆すべきなのは、同社のROEが、ここ3年で劇的に改善しているからです。2017年3月期にはわずか2.93%しかなかったソニーのROEですが、2018年3月期には16.54%、2019年3月期には24.46%へと急速に改善しています※2。

ソニーはなぜこれほどまでに生産性が高いのでしょうか? その秘訣を知るために、ここでもROEを3つの要素に分解して検証していくことにします。

図表3

(注)図中、赤字はROEの分母と分子。

まずは「財務レバレッジ」から見ていきましょう。ソニーの財務レバレッジ(以下、「財務レバレッジ」もしくは「レバレッジ」)はなんと5.60倍。トヨタやホンダの倍以上です。

レバレッジを利かせると、少ない元手でも大きな資金を動かせるというメリットがあります。おまけに、レバレッジが高まればROEは必然的に上がります。

一般的にレバレッジは、借り入れを増やしたり、自社株買いをしたりすることで高められます。要するに、レバレッジを高めようと思ったら、事業の売上高や利益を増やす必要はなく、分子の総資産を増やすか、分母の純資産を減らせばよいのです。

図表4

となると、こんな疑問が湧いた方がいるかもしれません——「少ない頭金で大きな資金を動かせて、売上高や利益を増やすことなくROEを高められるなんて、いいことずくめじゃないか」と。

たしかに、レバレッジを利かせればROEは高まります。しかしそれも度を越すと、あるリスクが高まってしまいます。そのリスクとはずばり、「倒産リスク」です。

レバレッジが高いということは、それだけ負債も多いということ。負債が多ければ多いほど、万が一ビジネスがうまくいかなかった時に借入金を返しきることができなくなり、倒産するおそれが高まってしまうのです。実際、負債の割合が一定水準を超えると倒産リスクが高まり、企業価値を毀損することは多くの研究から明らかになっています。

そのため、レバレッジをかけすぎず、適度な財務レバレッジで事業を行うことが大切になります。

「てこの効果」を取り除いた実力を調べてみる

では今度は、レバレッジという“ゲタを履かせた状態”ではなく、企業が持っている資産全体でどれだけ利益を出す実力があるのかを見てみましょう。こんな時に役立つのが「ROA(Return on Asset、総資産当期純利益率もしくは総資産利益率)」と呼ばれる指標です。詳しく説明しましょう。

ここでまた、ROEを構成する3つの要素——財務レバレッジ、総資産回転率、売上高当期純利益率を活用します。

図表5のうち、財務レバレッジはB/Sの右側、すなわち「資本の生産性」を表しているとすると、総資産回転率はB/Sの左側とP/Lによる「資産の生産性」を、そして売上高当期純利益率はP/Lの「売上の生産性」を表していると言えます。

図表5

後者の2つ、すなわち、「資産の生産性=総資産回転率(総資産→売上への変換)」と「売上の生産性=売上高当期純利益率(売上→利益への変換)」をかけ合わせると、資産の収益性=ROA(総資産→利益への変換)となります。

このROAは、「総資産からどのくらいの当期純利益が生み出されたか」を表しています。

図表6をご覧いただくとお分かりのように、要するにROAとは、ROEの計算式から「財務レバレッジ」の計算式を除外したものと言えます。

図表6

(注)図中、赤字はROEの分母と分子。

つまりROAとは、元手(純資産)をスタートラインにせずに、財務レバレッジが利いた後の総資産をスタートラインにして、どれだけの利益を稼げたかを測るものさしと言えます。そのため、ROEの計算式から「財務レバレッジ」の計算式を取り除くことでROAが計算されるのです。別の視点で言うと、ROAに財務レバレッジをかけたものがROEとなります。

図表7

4社の比較に話を戻しましょう。

まずはおさらいです。各社のROEをグラフで比較すると、図表8のとおりです。ソニーと、自動車大手3社のトップであるトヨタのROEには2.57倍もの開きがあります。

図表8

では、図表9のROAはどうでしょうか? ROEから財務レバレッジの効果を取り除き、資産全体からどのくらいの当期純利益を生み出せたかを見てみると……。

図表9

依然としてソニーの数値は高いものの、トヨタとソニーのROAの開きは1.20倍(4.37%÷3.63%)と、ROEの時と比べるとだいぶ縮まりました。つまり、ソニーのROEにはそれだけ強力に財務レバレッジがかかっているということです。

ソニーも日産もレバレッジを活用しているが…

ソニー以外にも目を転じてみると、ROAに関してもうひとつ気になるのは、日産のROAの低さです。企業活動基本調査速報によると、製造業全体のROAは2016年度が3.77%、2017年度は4.76%。日産のROAは1.68%ですから、製造業全体の平均の半分以下です。

一方で、日産のROEは6.02%あり、トヨタ(9.49%)との比率での開きは1.58倍と、ROAの開きとなる2.16倍(3.63÷1.68)よりも縮まっています※3。本連載の前回でも確認したとおり、日産もまた、財務レバレッジを利かせた経営を得意としていることが分かります。

ソニーはもともと十分に高いROA(4.37%)があって、それをベースに財務レバレッジを生かしています。一方の日産は、トヨタやホンダよりもROA(=資産の収益性)が低い状態で、さらに財務レバレッジが高いため、トヨタやホンダよりも財務の安全性は低いと言わざるを得ません。

もしもソニーが自動車業界に参入したら

先にEVのコンセプトカー「VISION-S」を発表したソニー。このニュースを受けて、「ついにソニーが自動車業界に参入か?!」と思った方もいるかもしれません。

ただ、答えを先出しするようで恐縮ですが、ソニーは今のところVISION-Sを量産する予定はないとのこと。VISION-Sはあくまでも「車メーカーに対してソニーになにができるか、自動車の進化についてソニーがどう貢献できるのかを狙ったもの」だと、同プロジェクトを主導したソニー・AIロボティクスビジネス担当 執行役員の川西泉氏は答えています※4。

その判断を裏づけるように、本稿で行ってきたこれまでの分析を踏まえれば、ソニーが自動車業界に参入しても旨味がないことは、会計的・ファイナンス的にも説明できます。

ROAをもう一度見てみましょう。「乾いた雑巾を絞る」と表現されるほど徹底した合理化を図っているトヨタでさえ、ROAは3.63%とソニーを下回っています。日産に至ってはソニーの半分にも及ばない1.68%です。レバレッジを考慮に入れたROEで比較すれば、その開きはさらに大きくなります。

このように、現在のソニーの事業ポートフォリオからすると、EVを量産する形で自動車業界に参入すればROAやROEを下げるだけの結果になるおそれがあるのです。

このことを、簡単な例を使って考えてみましょう。

例えば、ROAがそれぞれ5%、10%、6%である事業A、B、Cを抱える企業があるとします。ここでは単純化して、それぞれの事業の大きさは同じとします。その場合、平均のROAは7%です((5+10+6)÷3=7)。

この状況で、ROAが3%である事業Dに積極的に参入することは、ファイナンス的には望ましくありません。なぜなら、事業Dに参入すると全体のROAが下がってしまうからです。企業が持てる資源には限りがあります。ROAが低い事業Dに参入するくらいなら、その資源をROAが一番高い事業Bに費やした方が、ファイナンス的な視点では合理的な判断になるのです。

以上のように、ファイナンス的な視点で見ても、現時点ではソニーが自動車業界に積極的に参入してEVを量産する理由は見当たりません。それよりも、ソニーは自動運転に利用される画像認識技術に強みを持っていることから、半導体を中心とした自動車の周辺分野に今後いっそう注力していくという見立てのほうが現実的ではないでしょうか。

ソニー「VISION-S」はアップルのApple TVになるか

Apple TV

アップルはテレビそのものをつくったわけではないが、Apple TVによってテレビの可能性を引き出すことに成功した。

Shutterstock

以上、連載第4回から2回にわたって、ROEについて自動車業界を例に分析してきました。

EVの試作車をつくったソニーのROEも分析したことで、既存の自動車業界の生産性とも比較することができました。その結果、ソニーが自動車を量産するということはファイナンス的な生産性の視点からも望ましくないことが分かりました。

とはいえ、ソニーが自動車業界にさらなる資源を配分すること自体には可能性を感じます。そこで思い出されるのがApple TVです。Apple TVが発売されたのは2000年代後半。リーマンショック後、日本メーカーのテレビ事業の多くが不採算になっていた時期です。ソニーに至っては、テレビ事業は10期連続の赤字でした。

そのような時期に、アップルがApple TVを投入し、テレビ事業に参入。もちろん、アップルがつくったのはテレビそのものではありません。テレビの可能性を引き出す製品です。その後、グーグルはChrome Castを、アマゾンはFire TV Stickを発売。スマホやタブレットとテレビの連携を強化する製品・サービスが続々と市場に投入されていきました。さらにHuluやネットフリックスの台頭もあり、テレビのあり方も大きく変わりました。

ソニーの主力事業だったテレビ、ウォークマン、そして携帯事業などは、過去20年間でGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)や多くの新興企業に競争を仕掛けられた結果、ソニーはかつての競争力を失ってきました。

そのソニーが、ついに事業の集中と選択を決断。加えて半導体分野の成長もあり、同社はROE、ROAともに高い水準を達成し、現在は態勢を立て直すことに成功しています。

こうして今、ソニーは満を持して、自動車業界にも足がかりを築こうとしています。これまでディスラプト(破壊)される側の業界だったソニーが、今度は自動車業界をアップデートさせるのではないか——。ソニーが自ら自動車を量産することはなくとも、Apple TVやスマホの周辺サービスのように、周辺分野からこれまでの自動車の概念を覆し、新たなマーケットを創造するのかもしれない。そんな期待を感じた、CESでのソニーのEV試作車発表でした。

このような視点で改めて今回のニュースを見直せば、ソニーが自動車業界に参入することはファイナンス的な観点からも支持できます。ソニーがこれから創造するマーケットの収益性は、当然のことながら既存の自動車業界のROAとは異なり、高い可能性があるからです。

2020年はEV元年になる可能性があります。そのような状況で各企業のROEやROAがどのように変わっていくか、要注目です。

※1 日本経済新聞社のROEランキングにおいて、自動車業界は上場銘柄63社の、電気機器業界は上場銘柄100社のROEの平均を計算したもの。ただし、ROEがマイナスの銘柄に関してはマイナス幅が大きい場合もあったので、ROEを0として計算している。なお、ソニーについては、セグメント別の売上において2019年3月期でゲーム、音楽及び映画を合計すると売上全体47%となっており、必ずしも電気機器業界のみに属しているとはいえない。しかしながら、1. ソニーは日本経済新聞社のROEランキングでは電気機器に分類されていること、2. ゲーム、音楽、映画は日本経済新聞社の分類ではサービス業に分類されてしまうことなどから、総合的な判断として、電気機器業界のROEを採用している。

※2 ROEの計算方法は図表1と同じ。

※3 トヨタと日産のROAの開きは3.63%÷1.68%=2.16倍だが、ROEの開きは9.49%÷6.02%=1.58倍。

※4 西田宗千佳「『商品ほぼなし』でも、ソニーの展示が“圧巻”だった理由。ソニー・吉田憲一郎社長が語る投資・開発戦略【CES2020】」(2020年1月10日、ビジネスインサイダージャパン)より。

※本連載の第6回は、2月27日(木)を予定しています。

(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)

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January 29, 2020 at 03:30AM
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