新型コロナウイルスの感染拡大により、米国の自動車業界は工場の閉鎖に追い込まれている。なかでも電気自動車(EV)は影響を受けやすいが、無人配送への需要や環境意識の高まりに期待する声もある。
TEXT BY ERIC ADAMS
TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO
新型コロナウイルス感染症「COVID-19」のパンデミック(世界的大流行)は、ここ数十年間で見たことのないような経済的、政治的、そして社会的な混乱をもたらしている。金融から航空にいたるまで多くの業界が、すでにその影響を感じている。
最も新しい被害者は米国の自動車業界だ。デトロイトの自動車メーカー3社は3月18日(米国時間)、いずれも自動車の生産を少なくとも月末まで完全に停止すると発表した。
新型コロナウイルスの流行が自動車メーカーに与える影響は、すでにかなり大きくなっている。新型ウイルスが発生したあとの中国では、2020年2月の自動車の売り上げが80パーセント減となった。世界的にも新型ウイルスが広がることを恐れて、3月に予定されていたジュネーヴ・モーターショーや、4月にニューヨークで開催が予定されていたモーターショーなどの大規模なイヴェントが中止されている。
また欧州の自動車各社は、3月中旬から工場の一時閉鎖を始めていた。従業員たちの健康上の懸念や需要の落ち込み、そして中国を含むサプライチェーンの大きな混乱が続くなかでの決断だ。そしてついに、米国でも業界が休業に追い込まれたことになる。
自動車業界の苦難の始まり
市場調査とコンサルティング企業のナヴィガント・リサーチの主任アナリストのサム・アブエルサミドは3月17日(米国時間)の夜のTwitterへの投稿で、米国の自動車産業の休業を予想していた。工場閉鎖の決定は、08年のリーマンショックで倒産が相次いだあとに定められた業界の取り決めに従うものだと、アブエルサミドは説明する。各社が生産や在庫の管理の柔軟性を高め、需要の減少に対処できるようにする取り決めだ。「この状況が長引くなか、過剰な在庫を抱えたいとは誰も思わないでしょうから」と、アブエルサミドは言う。
工場の閉鎖は、それが一時的であるか無期限であるかにかかわらず、自動車業界の苦難の始まりにすぎないと、IHSマークイットの自動車業界アナリストであるピーター・ネーグルは言う。株式市場の下落は消費者の安心感を損なうが、給料の未払いや不動産価格の下落によって、安心感はさらに損なわれるとネーグルは予想している。
ネーグルは米国政府が何らかの刺激策を提示することを期待しているが、それがどういうかたちになるのかは議論の最中だ。「何が提示されたとしても、現在の米国の放物線のような急降下を相殺するには小さすぎるものになるでしょう」と、ネーグルは言う。「わたしたちの立つ地盤自体が変動しています」
IHSは現時点で、20年の米国における自動車の売り上げは、19年の1,650万台から1,540万台まで減少すると予想している。ただし、この予想は18日の工場閉鎖前に出されたものであり、さらに減少する可能性が高いことをネーグルは認めている。
危機の影響を受けやすいEV市場
ナヴィガントのアブエルサミドによると、それでも景気の下降を乗り切ろうとする自動車業界が置かれている状況は、航空業界に比べればましだという。「自動車業界の資金状況は08年と比較すると、概してはるかに良好です」と、アブエルサミドは指摘する。
「ほとんどの企業には、それなりの現金残高があります。特にデトロイトの自動車メーカーは、電動化と自動化、モビリティを支援する新技術のための転換を目指していたため、大勢の年輩のホワイトカラーの従業員の早期退職を進めるなどして、大規模なリストラを進めていました」
すぐに表れる影響がどのようなものであれ、今回の危機によって自動車メーカーが自社の製造戦略、特にこれまでのような積極的な新型車の発売予定を再検討することになる可能性が極めて高いことについては、アブエルサミドもネーグルも同意見である。これは電気自動車(EV)にとって、一段と悪いニュースになる恐れがある。
EVの市場は、現在の危機においてとりわけ影響を受けやすい。その理由として、比較的新参者であることや、中核技術であるバッテリーに関して、世界各地からの調達に依存していることなどが挙げられる。
すでにEVは、平均的な消費者に対して売りにくいものになっている。フォード「マスタング」にインスパイアされて19年11月に発表されたフォードの電気SUV「マスタング マッハE」は大ヒットになり、主に早々と購入した熱烈なファンたちのおかげでこの部門の市場は徐々に拡大を続けてきた。
それでも、市場シェアはまだ小さい(19年は2.2パーセント)。石油価格の急落に加え、新型コロナウイルスの流行がもたらすと考えられるあらゆる事柄により、EVを購入する可能性があった人々も当面はガソリンエンジン車の支持に回る可能性がある。EVをリードするテスラも、この1カ月で株価が半分以上も下落した。需要に対する懸念と、中国サプライヤーの休業への懸念によるものだ。
消費者の節約志向に影響
EVはガソリンエンジン車やハイブリッド車よりも高価であることから、消費者が節約志向になった場合に影響を受ける可能性がある。「ガソリンエンジン車と比べると、EVの価格はいまでもかなり割高です。ガソリンの価格が安くなれば、投資の回収期間は長くなる一方です」と、アブエルサミドは言う。
一例として挙げるのが、韓国の起亜自動車(キア)が販売するハイブリッド車「ニロ」だ。基本モデルの価格が23,000ドル(約254万円)からで、燃費は1ガロンあたり50マイル(1ℓあたり約21km)になっている。これに対して航続距離240マイル(約380km)のニロのEV仕様は、米国では税の控除を受けても31,000ドル(約342万円)になる。
いま米国内のガソリン平均価格は、1ガロンあたり2.25ドル(1リットルあたり約65円)だ。さらに、ニロを充電するための電気代も必要になる。こうしたことを考えると、8,000ドル(約88万円)の価格差をエネルギーの節約効果だけで取り戻すには80年かかるのだ、とアブエルサミドは指摘する。
もちろん、燃料価格が再び上昇する可能性もあるが、差し当たって現在の見通しとしてはこうなる。アブエルサミドによると、このような状況下では、景気後退によって多くの消費者は貯金を使い果たし、クルマにかかる支出を高価なEVではなく、中古車あるいはハイブリッド車に転換せざるを得なくなる可能性がある。
また航空業界の回復が遅れると、化石燃料の需要も停滞が続き、ガソリン価格も長期間ずっと低いままになる。このためEVの需要はさらに減少するだろう。
恩恵は続くのか
規制はEVの売り上げにとって“ワイルドカード”になると、ネーグルは言う。排気ガスの規則が米国よりも厳しいEUや中国では、規制によってEVの売り上げが増えるかもしれない。だが、米国ではEVに対する支援がかなり控えめであることから(ほとんどは連邦税や州税の控除)、高いコストと低いガソリン価格という逆風に打ち勝つには十分ではない可能性があるというのだ。
それでも業界の専門家のなかには、新型コロナウイルスを少なくともある程度は抑え込めると想定して、EVの長期的な見通しが引き続き堅調になると考える人たちもいる。投資管理会社ARK Invest Managementのアナリストであるターシャ・キーニーは、EVに支払われる割高な価格はこのまま高止まりするわけではなく、EVの比較的未熟な技術のコストは世界的な生産が増えるにつれて下がる可能性が高いと言う。「ガソリン車はEVより成熟した技術ですから、同じようなコストの低下の恩恵を受けることはできません」
さらにキーニーが指摘するのは、EVの開発と密接な関係にある自律走行車に対する関心が、中国においてこのわずか1〜2カ月の間に高まっている点だ。これは、新型コロナウイルスの感染症が流行する状況において、無人走行の配達システムにメーカーが注目しているからである。こうした無人のシステムが定着すれば、EVは恩恵を受けることができる。
今回の危機の収束後にも、EVの売り上げを増やす可能性がある要素がある。化石燃料の使用が急速に減少したことで明らかになった環境上のさまざまな恩恵だ。中国でもイタリアでも、移動制限や外出禁止令が出されて以来、大気汚染の程度が大幅に低下している。
当然のことだがこの恩恵が持続するかどうかは、市民や市民を導くリーダーたちが、このメッセージを真剣に受け取るかどうかにかかっている。
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