学生フォーミュラの電動レーシングカー製作を指導
衝撃の買い替えを敢行したのは、神奈川県相模原市在住の菱沼雄祐さん(36)です。菱沼さんと私(寄本)は、日本EVクラブで長年ともに活動している仲間で、電気自動車普及に前のめりな同志ではありますが、新車で買った『Golf GTE』から、中古の電気自動車、しかもバッテリー容量がたった10.5kWhの『i-MiEV M』に買い替えたという知らせには、かなり意表を突かれました。

菱沼さんは八王子市にある『トヨタ東京自動車大学校』の先生で、昨年度までは「スマートモビリティ科」というハイブリッド車や電気自動車、燃料電池車など環境対応車のエキスパートを養成する学科を受け持ち、全日本学生フォーミュラに参加するEVフォーミュラマシンの製作を指導してきました(今年度から「自動車整備科」へ異動になったそうですが)。また、日本EVクラブが取り組んでいる電気レーシングカート(ERK)の製作や走行テスト、レースなどでもいろいろ尽力いただいている、いわば電気自動車のプロフェッショナルです。

そんな電気自動車のプロが、『i-MiEV M』という、なんというか、究極の選択に至った理由は何なのか。好奇心丸出しでお話しを伺いました。
維持費で中古EVが買えるかも?
Golf GTE が納車されたのは、2016年3月11日のこと。4年間乗った Golf GTE について菱沼さんは「新車で欧州車を買ったのは初めてだったし、とても乗り味のいいクルマで走りには満足していました」と言います。でも、今回買い替えることを決意した直接の理由は「4年目の12カ月点検で約7万円の請求がきたこと」でした。
自身が国産ディーラーに勤務した経験から「定期点検で2万円を超える見積を出すのは慎重になる」はずなのに7万円。今後、数年間維持していくことを考えると、「修理代や整備代で中古のEVが買えるんじゃない?」と思い至りました。
Golf GTE を購入後、「サーキットで遊べるように」マニュアルミッションでFRのトヨタ『アルテッツァ』を中古で購入。自家用車2台持ちになっていたことも、コストパフォーマンスの高い中古EV購入という決断の後押しになったそうです。
2台入るガレージ付きの自宅を新築

4年前、当時は賃貸住宅住まいだった菱沼さんがPHEVの Golf GTE を選んだのは「自宅で充電できない」という理由もありました。搭載する電池容量は8.7kWh。電気だけでの航続距離は約32km(EPA基準換算値)の Golf GTE でも、週に何度か近所のスーパーにズラリと設置されている普通充電器で買い物ついでに充電すれば、日常的な通勤はほぼ電気だけで走ることができていたそうです。
昨年末、菱沼さんは相模原市内に一戸建てを新築しました。まだ独身のクルマ好きである菱沼さん。一階部分には2台収容できるガレージを広く取り、電気自動車充電用の200Vコンセントも設置しました。ちなみに、設置した充電用機器は、2019年5月に私が取材したレポートを読んでくれて、日東工業『PIT-C3』シリーズを選んだそうです。
戸建て新築に津久井湖畔にある土地を選んだのは、中央道や圏央道ICへのアクセスが良く、バスの便がいい「橋本駅にはリニアの駅ができる」かも、という将来を見据えて「便利な場所」であったから。八王子市内の職場へも、下道で10kmほどと便利です。
いろいろと条件を考えると i-MiEV Mの一択に
晴れて、自宅ガレージに充電環境も整い、菱沼さんは真剣に中古EVへの買い替えを検討します。日常的なクルマの用途は通勤がメインで片道10km程度なので、コストパフォーマンスを考えると軽自動車のEVがいい。でも、今、日本で買える軽自動車規格の電気自動車は、中古だとしても三菱自工の『i-MiEV』と、同じMiEVシリーズの『ミニキャブMiEVバン』『ミニキャブMiEVトラック』しかありません。さすがに軽トラやバンは通勤車として違和感があるので、乗用車タイプに絞ると i-MiEV の一択でした。
現行の i-MiEV は電池容量16kWhで、全幅が広がったために軽自動車ではなくなってしまいました。でも、軽自動車規格当時の i-MiEV には、GSユアサと三菱自工などの合弁会社である『リチウムエナジージャパン』製の電池16kWhを搭載した「G」と、東芝『SCiB』というバッテリー10.5kWhを搭載した「M」というグレードがありました。
実は、この『SCiB』という電池は、負極にチタン酸リチウムを使い、自動車用として主流の「NMC」というケミカルなどのリチウムイオン電池に比べ、エネルギー密度はやや低い(同じ容量の電池を搭載すると大きくて重くなる)ものの、サイクル寿命や急速充電性能、そして安全性が高い特徴があります。わかりやすく言うと、少々寒い日であろうが急速充電がスムーズで、急速充電を頻繁に繰り返しても劣化しにくい、重さ以外はとても優れた電池なのです。
電気自動車のプロとして、『SCiB』の優れた特徴にも精通していた菱沼さん。どうせ選ぶなら『SCiB』を搭載した「M」にすることを決断し、中古車情報を探し始めました。
4万km以上走行してるのに、SOHはなんと101.5%
購入した中古「M」は、2013年初度登録で走行距離は約4万6000km。価格は、約64万円だったとのこと。実は、i-MiEV M はタマが少ない割に人気が高く、2013年式でも80〜90万円くらいすることは珍しくありません。しかも、Mグレードは急速充電がオプションだったのですが、菱沼さんが購入した個体は急速充電対応。ディープなi-MiEVユーザーにはおなじみの、テクトム『燃費(電費対応)マネージャー』を前オーナーが装着してくれていたので、「電気自動車に詳しいオーナーが愛情を注いで乗ってきた1台」と確信。下見して即決で購入を決めたそうです。
納車前、三菱ディーラーで駆動用バッテリーのSOH(State Of Health=バッテリー劣化状態の目安。初期容量に比べて満充電にしてどのくらいの容量を維持しているかを示す)を測定してもらったところ、なんと「101.5%」でした。さらに、前オーナーの整備記録簿を確認すると「107%」という数値。充電記録を確認すると、急速充電中心に使われてきたことも確認できたそうですが、それでも脅威のSOH100%超え。私を含め、リーフオーナーにとっては指をくわえてうらやむしかない数値です。というか、日産ディーラーではリーフのSOH測定もしてくれません。
4年前、約500万円でNEVのCEV補助金を受けて購入した Golf GTE は、M を購入した中古車店へ下取りに出し、下取り価格は約134万円。規定の4年は経過しているので補助金の返金はなし。今年4月8日の納車時には「クルマを交換して、70万円もらって帰ってきた」そうです。

満充電時の後続可能距離メーター表示は100km程度。ちょっとした買い物で厚木市街あたりへ往復しても電池残量は余裕があって使い勝手には満足。距離としては約100km弱の埼玉県春日部市の「実家まで届くかどうか、近いうちにチャレンジしてみたい」とのことでした。
ゆくゆくはオフグリッドも?
菱沼さんが新築した住宅は、1階ガレージの広さからも推察できるように注文住宅。南向きの面を大きく取った片流れの屋根には、出力約7kWの太陽光発電パネルが設置されています。
7kWのPV(Photovoltaic)とはまた豪勢な、と思ったら、長州産業というメーカー自身が提供している『ソラトモサービス』という屋根貸しの仕組みを活用して設置したとのこと。10年間の固定価格買取制度期間中の売電収入は得られませんが、初期費用を抑えながら、10年後にはまだ保証期間が15年残った太陽光発電パネルが自分のものになる仕組みです。
菱沼さんの M にはCHAdeMO規格の充電口が装備されていますから、10年後、そのころには低廉化しているであろうV2H機器を組み合わせ、10年乗ったi-MiEVを「いざとなったら走れる蓄電池」として活用すれば、ほぼオフグリッドに近い省エネルギーなライフスタイルを実現できるかも、という思いもあるということでした。
そんな思いを抱けるのも、10年後でも電池劣化はきっと大丈夫! という『SCiB』への信頼感があってこそ、です。
納車からまだひと月足らず。新型コロナウィルスの影響でまだほとんど通勤はしていないものの、自宅に200Vコンセントが備わった今となっては、10.5kWhの航続距離で何の不安もありません。遠出にはおもにアルテッツァを使うつもりなので、三菱「電動車両サポート」の充電カードも作っておらず、中古車を購入した際の入会申し込み方法すら調べていないとのことでした。三菱「電動車両サポート」のカードを持つと、安いほうの「ベーシック」でも、月額基本料金が500円かかります。ほぼ通勤とショッピング程度の使い方であれば、なるほど、充電カードは必要ないでしょう。
いろいろと話を伺うほどに、いろいろクレバーな菱沼さんのクルマ買い替え=ライフスタイル転換。たとえば、ことに地方にお住まいの方で、家族で自家用車を複数台所有。軽自動車は片道数km〜10数km程度の通勤にしか使っていないというケースは少なくないでしょう。軽自動車であればエンジン唸らせて走っても燃費はそれなりにいいでしょうが、立ち上がりの加速は1.5〜2リッタークラスの普通車並みに快適な、i-MiEVの中古車に買い替えるという選択肢は「とてもアリ」だと痛感しました。
ただし、中古車のタマがそれほど豊富とはいえないのが玉に瑕。日産&三菱のNMKVによる新しい軽自動車EVの登場が待ち遠しい、ですね。
ちなみに、EVsmartブログチームの箱守さんは「M仙人」とも呼ばれています。10.5kWhのアイミーブMで、埼玉から宮城県気仙沼まで、往復1200kmを走破した熱いレポートなど、読み応え十分です。電池容量の小さなEVライフも、それはそれで楽しいのです!
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(取材・文/寄本 好則)

4〜5月に予定されていたいくつかの山歩き取材のために新調したハイキングシューズ、取材が延期で出番を失っていて、今回、高尾山も近いし、ってだけの思いつきで履いていったのですが、こんなに底が厚くて硬い靴で自動車運転することはまずないので運転しにくかったです。あ、もちろん高尾山には行ってません。
ステイホームのGWが始まります。読者のみなさん、いろいろ気をつけてお過ごしください。
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April 27, 2020 at 04:14AM
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