南国タイ育ちの朗らかさと民間出身のしなやかさを生かし、現在は東京で武蔵野大学中学校・高等学校と武蔵野大学附属千代田高等学院、私立校2校の校長として、「Withコロナ」を見据えた布石を着々と打ち始めている日野田氏に、その教育哲学と今後のビジョンについて話を聞いた。
インタビュー前編「頑張りすぎず腹八分目」私立2校を先導する日野田直彦校長インタビュー」はこちら。
AI教材で効率化し、本質的な学びに人が関わっていく
--前編では、Withコロナの時代には、オンラインとオフラインのハイブリッドでやっていくとおっしゃいました。この両輪の回し方を、もう少し具体的にご説明頂けますか。
基礎学習において、オンライン授業の「スタディサプリ」に加え、武蔵野大学附属中・高では、昨年から数学で「atama+」(アタマプラス)を全学年に導入していました。今春校長に着任した同門(浄土真宗本願寺派)の武蔵野大学附属千代田高等学院の方でも、導入の方向で今、検討を進めています。
「スタディサプリ」は授業の動画配信ですが、この「atama+」は、AIが生徒ひとりひとりの得意や苦手、伸び、 つまずき、集中状態を分析し、その生徒専用の最短ルートの学びを設計してくれるツールです。今春から駿台でも採用され、大手の予備校がAI教材の活用に踏みきったことで話題になりました。
クラス全員が同じ黒板を見るスタイルの授業では、やはり非効率な面が否めません。特に基礎学力の習得については、こうしたアダプティブラーニング(個別最適化された学習)でできるだけ効率化させる一方、もう少し本質的な学びについては積極的に人が関わっていく方向で、メリハリをつけたい。リアルな空間では、ワークショップスタイル形式に重点を置いていきたいと思っています。先生と生徒、あるいは生徒同士がディスカッションをしたり、実践的な体験を通じて知識や技術を習得していく学びのスタイルは、生徒たちの目の輝きや表情が違います。
評価は到達度と伸び率のルーブリックであるべき
--そうやってオンラインとリアルな対面とのハイブリッド形式を進めていくうえで、問題点は何でしょうか。
それは「評価」の仕方ですね。アダプティブ(個別最適化)な学びについては、生徒によって進捗度合いがバラバラになってきます。これまで日本での一般的な評価法は、同一の課題を与え、高得点順に上から順位をつけていくやり方でした。つまり、50メートル走で20秒かかっていた子が努力で16秒にまでタイムを縮めた場合と、いつもは8秒で走っていた子が練習不足で13秒に落ちてしまった場合だと、それでも13秒の子のほうが速いから16秒の子より高い評価がつきます。でも私は、努力して16秒になった子に10点満点をあげたい。つまり、評価というのは、到達度と伸び率のルーブリック(*)であるべきだと思っているのです。
*ルーブリック=ある課題について、達成目的(できるようになってもらいたいこと)を設定し、その達成のレベルを段階的に分けた表のこと。縦軸=評価項目:観点(提出物、授業態度などに評価対象を分類したもの)、横軸=レベル:尺度(達成レベルをアルファベットや数字で数段階に分けて示したもの)。
--確かに、今、普及しつつあるルーブリックには、「伸び率」というのは評価の対象にはなっていません。
私に言わせれば、日本のルーブリックの到達度というのは、先生が決めた一律の「こうあるべき」という達成レベルに過ぎません。本来は、生徒ひとりひとりが自己開示をし、自分がどう成長したいか言語化したものを先生や親と共有し、それに向かって頑張れるかどうかが評価されるべきですよね。
--学校の評価に、生徒自身が成長目標を決めるという発想はなかったですね。
海外では珍しいことではないんですよ。仮に子どもが軽々と達成できるような、あまり感心しない目標を立てたとしても、「君、本当にそれでいいの?」と逆に問い返されます。成長目標は、高過ぎても低過ぎてもいけない。そのさじ加減は、先生や親と相談しながら決めていくのです。ある意味、子どもを子ども扱いせず、お互いにレベル感を探り合いながら、「それならこっちも協力するよ」というところで契約を結ぶようなものです。そして、いざ目標が決まったら「先生も一生懸命応援するけれど、言ったことを頑張ろうとしないなら、こちらも力を貸せません」と。実際に運用してみると、子どもにとってはなかなか厳しい面もあるわけです。
こんな手間がかかる評価は、子どもが多かった時代にはとても無理だったでしょう。子どもの数も多いうえに、まだ経済成長が右肩上がりの時代は工場生産型の学校でしたから、先生が生徒を商品としての完成度で測るためだけに成績を付けていたと言ってもいいんじゃないでしょうか。その商品は、コモディティ化していて、誰でも代替可能でしたし、国としてもそういう人材を必要としていました。
子どもの数も減り、少数精鋭の自立した個人の育成を発展させるなら、子どもをコモディティ化させるわけにはいきません。これからの子どもたちには、自分の口で自分の価値が語れるような子になってほしい。でも、従来までの成績の付け方だと、いつまで経っても人から否定されるばかりで、自己肯定する機会がない。日本の若者の自己肯定感が著しく低いのはこのためなのです。
--その意味では、基礎学力の部分についても、「スタディサプリ」や「atama+」のようにひとりひとり個別のデータが取れると、各自の伸び率や達成度の評価もしやすくなりそうですね。
おっしゃるとおりです。もちろん、急に劇的に評価法を変えるというのは現実的ではないので、ソフトランディングしていくには、従来型の試験による達成度の確認と個人の伸び率をマトリックスにし、それをベースに教育法規上の評定(5段階評価)を付けようと考えているところです。成績は誰かと比較するためのものではなく、生徒ひとりひとりの学びを応援するものであり、子どもたちのモチベーションが上がらなければ意味がありません。
パーパス主導型、スタンフォード大学の思春期向け教育プログラムを導入
--10代という多感な思春期、生徒さんたちには何をすることが一番大事だと思われますか。
自分と向き合うこと、内省することが、私は一番大事だと思っています。内省とは、自分自身にひたすら向き合うということではなく、周りの友達や大人にフィードバックを求めたり、相手に与えたりしあえる関係性がとても重要だと思うのです。だから私は、学校をそういうことができる場所にしたい。小学校高学年以降、自己肯定感が下がる一方の日本の若い世代が、失敗を恐れず、自立心、自尊心を高めていける仕組みをつくっていきたいと思っています。
具体的には、Project Wayfinderという、2015年にスタンフォード大学で始まった思春期向けの教育プログラムを導入する予定です。パーパスラーニングとよばれるメソッドで、自分が今取り組んでいることは何のためなのか、そのために自分ができることは何か、それは社会とどのようにつながっているのかを生徒ひとりひとりが考えます。当然ながら答えは皆、違いますが、その違いをリスペクトし合い、協働し合えることがとても大切です。
スタンフォード大学の研究によると、パーパス(=目的)主導型の学生は、幸福度が高く、健康で、良い睡眠が取れていることがわかっているほか、探究力があり、ストレス耐性もある。けれど、そういう学生の割合は、アメリカでもわずか2割程度しかいないそうです。
テストの点数や受験といった外からの圧力による動機ではなく、ひとりひとりが目的意識をもち、それを互いに認め合い、皆が自分の内側から湧き出る動機で学校生活に取り組めるような環境をつくっていきたい。
こういうことをやると言うと、私は特殊なことばかりやっているとよく勘違いされるのですが、ただただ、基本に忠実にやっているだけです。このプロジェクトも、実は新学習指導要領でも唱われている「主体的・対話的で深い学び」のスタイルそのものです。これからの未来に求められる非認知能力を育成していくには、非常に重要な土台になるはずです。
前編で、「他校で良い成功事例があれば『TTP(徹底的にパクれ)』と先生方に話している」とお伝えしましたが、私のやり方もどうぞ遠慮なく、どんどんパクってください(笑)。
武蔵野大学は志願者が10倍、アントレプレナーシップ学部2021年新設
--武蔵野大学には、2021年にYahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏を学部長に迎え、アントレプレナーシップ学部が開設される予定とのことですが、こうした高大連携にも大きな期待が集まりそうです。
本校の生徒たちには、ソニーやホンダに見られたような、日本人が本来もっているはずのクレイジーさを失ってほしくありません。中学、高校を通じて、そうした従来型の偏差値教育におさまりきらない、面白い子たちを育てるなら、それにふさわしい優れた受け皿が必要です。
この新しい学部は、そうした偏差値教育を変えたいという思いで、伊藤氏をはじめ、実務家のトップランナーの方々が教員として集まってくださっています。
系列の武蔵野大学が、こうした素晴らしい環境を次々と整え、ここ10年ほどで志願者が10倍になり、着々とプレゼンスをあげていることは、中高の生徒たちにとってもありがたい追い風です。旧来型の大学入試の準備が不要な分、学校の外にもどんどん出て行って、いろんな経験をしてほしいと思います。もちろん、ほかの大学の総合型選抜や、海外大学への進学も、積極的に応援していきます。
ティーンズの未来のために、快くペイフォワードしてくださるさまざまな大人の力を借り、新しい風を吹き込み続けたいですね。そして先生方も、生徒たちも、自分が本当にやりたいこと、楽しめることに存分に取り組めるような環境をつくっていきたいです。
--ありがとうございました。
2020年の学校説明会への参加者は、昨年比で千代田高等学院は2.5倍、武蔵野大学中・高は4倍になっているという。まだ進学実績が出ていないにもかかわらず、ここまで注目度が高いのは、それだけ日野田校長に期待が寄せられるからだろう。先生も生徒もオーバーワークは絶対にさせない。楽しく、シンプルにと笑顔で語りながらも、「内省」「目的」といった、変化が激しくグローバルな時代に求められる教育の核心を確実に押さえているところが流石だと思う。このメリハリこそが、Withコロナにあっても怯まず、しなやかに、成長カーブを上げていく大きな原動力になるはずだ。
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September 09, 2020 at 08:15AM
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「子どもをコモディティ化させない」日野田直彦校長が語る子どもの評価の仕方<後編> - リセマム
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