新車販売全体の約36%に達する軽自動車。車体価格や税金も安いし、普通車と比べても燃費も良好だ。
しかし、これだけ売れているのに、軽自動車のタクシーは見たことがない。日本全国には23万3470台のタクシーが走っているというが、軽自動車のタクシーを見たことがない。いったい、なぜ軽自動車はタクシーに使われないのか?
特にN-BOXやタントのようなスーパーハイトワゴンは、後席スライドドアが装着されていて、乗り降りもしやすく、後席のスペースも広くて、タクシーとして使えるのではと、思ってしまうのだが……。
そこで、軽自動車がタクシーに使われない理由があるのか? モータージャーナリストの岩尾信哉氏が解説する。
文/岩尾信哉
写真/ベストカーWEB編集部
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「門戸開放」されたタクシー車両

日本のタクシーについて、法律上の“改革”が実施されたのは2015(平成27)年6月まで遡る。国土交通省が「タクシー車両の基準緩和等について」として、以下のような発表を行って、規制緩和が実施された。
「近年、車両の安全性の向上や運行面の安全対策が進んでいること、自家用自動車を用いて旅客を運送する自家用有償運送においても車両の安全上の問題がないこと、その多くは国際的にも日本特有の規制であることなどから、今般、タクシーなど乗車定員10人以下の旅客自動車運送事業用自動車に係る以下の基準を廃止した。
1/座席の寸法に関する基準
2/通路の幅と高さに関する基準
3/乗降口の大きさ、構造等に関する基準
4/緩衝装置及び座席が旅客に与える振動前方の座席との間隙等に関する基準
これにより、タクシー事業者等による車両選択の幅が広がり、より輸送ニーズに応じた事業活動が可能となります」。
このタクシーの車両規則が緩和されたことで、プリウスやアルファードといったミニバンにもタクシー車両としての門戸が開かれ、街中でもクラウンなどのセダンタイプ以外の車両が目に見えて増えていった。
それでも、限られた用途を除いて、軽自動車のタクシーを見ることはなかった。

軽のタクシーは、EVのi-MIEVや福祉&介護タクシーしか認められていない
それでは、なぜ現状で軽自動車のタクシーが増えていかないのか、タクシー事業の許認可業務を管轄する国土交通省の自動車局旅客課に問い合わせてみた。
結論的から先に言ってしまえば国交省としては「総合的に判断して難しい」とのことだった。
先の改正で環境に優しい電気自動車(EV)もタクシー車両としてはリーフではさまになるが、軽自動車としては三菱のi-MiEVしかなく、同じく三菱の軽商用車のミニキャブMiEVが使えるかというぐらい。
軽自動車のボディサイズではバッテリー搭載量に限界があるので航続距離の問題も生じてくるから、軽EVの一般的なタクシーとしての採用は控えられるというのは充分想像できる。
いっぽうでタクシー車両としての安全基準に適合していないとして使用が認められていなかった軽自動車の使用が性能向上を考慮して認められるようになったことで、軽自動車がタクシー車両として利用されている例もある。
国交省としては、軽自動車はボディサイズが小ぶりで車高(最低地上高というべきだろう)が低いといった利点があるので、山間部の過疎地域の集落などでの走行距離が短い条件での使用を前提に、実証実験を実施して検討中としている。
他の例としては、身体が不自由な方向けに後部にリフトやスロープ付きの車椅子を車内に固定して搭載できる機能を与えた福祉タクシーや介護タクシー(自宅や介護施設で病院などの外出時の移動に利用される)として、軽自動車が使用できるようになった。
住宅地の狭い路地などを走らせるとなれば軽自動車のコンパクトさはメリットになる。
ただし、利用者の立場としての利便性あるいは快適性の面で、室内、具体的には後席が狭いこと(軽自動車の後席はいうまでもなく2名乗車)が、タクシー車両として使用するうえでの壁になってしまうようだ。
「普通車と軽自動車で料金設定が変わるようであれば、タクシー乗り場で混乱が生じる可能性があるといったように、ニーズの部分として課題があります。
加えて、ドライバーが長距離・長時間乗り続けるうえで疲労が増えることが考えられます。実際、人件費なども考えると、運賃も安くならないのではないでしょうか」とも述べている。
このように国交省としては、法律的には問題はなくとも、依然として利便性、安全性、耐久性など、ハード/ソフトの両面で、軽自動車が“一般的な”タクシー車両としては認可しない判断となっているようだ。
耐久性ではタクシー専用車両には勝てない?
それでは、軽自動車の採用について使う側の立場として、タクシー事業者はどう考えているのだろうか。
そこで都内の大手タクシー会社である日の丸交通に軽タクシーの可能性について聞いてみたが、「なによりお客様からの要望がありませんから、今のところ検討のしようがありません」と、つれない答えが返ってきた。
参考までに標準的なタクシー車両であるクラウンセダン(コンフォート)の使用例を挙げておくと、1日の走行距離は最大で約360kmとされ、ドライバーにもよるが年間走行距離は約10万kmに達する。使用年数でいえば4~5年で売却しているとのことだ。
タクシーの車検などの整備については、人の命を預かるサービス事業として、法律によって厳しく義務化されていることは言うまでもない。
もっと細かく見ていくと、バスやタクシーの“旅客自動車運送事業用自動車”の場合は、初回は購入の1年後、以降も1年ごとに実施が義務づけられ、現実のタクシー車両の使用条件としては、年間10万kmで最長耐用距離は30万~50万km、耐用期間は約3~5年、最長では30年ほどと言われていて、大手タクシー会社では4~6年で買い換えによって車両を入れ替えている。
タクシー車両の燃費は、街中でのストップ&ゴーを繰り返す過酷な労働などを強いられているため約10km/Lといわれているが、LPGの価格が都内でリッター約60円とされているから、コストの面での優位性は圧倒的で、現状でタクシーではガソリン、ハイブリッド車は増えているとはいえ、LPG(液化プロパンガス)車が約9割を占めているという。
法改正でよく見るようになった旧型プリウスについては、ハイブリッドゆえの燃費の良さやブレーキパッドの減りが少ないといった利点はあるとはいえ、「タクシー専用設計ではないため、乗り心地の変化など、耐久性などの面では不利でしたね」とのことだった。
街乗りが主な使用用途とされている軽自動車は、平均走行距離は1年間で約8000kmが一般的とされ、普通車の平均走行距離が1年間で約1万kmといわれており、タクシーの走行距離とは比べるべくもない。
タクシー車両が耐久性の確保のために専用設計となる理由がある。例えば、シエンタをベースとするタクシー専用車両であるジャパンタクシーでは、エンジンのLPG化によって燃料タンクを変更したことなどもあって、耐久性に配慮してリアサスペンションをトーションビームから3リンク車軸式に変更。
軽量化のためにルーフの厚みを薄く仕立てるなどの工夫もあったが、それでも車重は1390~1410kg(カタログ値)となり、ベースとなったシエンタの2列仕様ハイブリッドに比べ10~30kg増加した。
全長が荷室スペースなどを稼ぐためにシエンタの4260mmから140mm、全高も75mm増加しているから、これらを考慮すれば、専用車両としてメリットを活かしていることがわかる。
後席が狭いからタクシーに採用されない?
それでも「軽自動車を使用する可能性はありませんか」と食い下がると、やはり後席スペースの不足を指摘された。
「軽自動車ではなにより後席が狭いことで、お客様の乗車時の快適性が確保できないでしょう。乗り降りの容易さや多くの荷物が積めるか、お客様の安全面も配慮すべき点ですから」。
これについてはタントやN-BOXの後席スペースは充分すぎるほど広いと思うので賛成はできかねるが……。

加えて、大手タクシー会社のタクシーで使用されているLPGは燃料費としておよそ60円/L(東京都内の概算値)であれば、140円/前後のレギュラーガソリンに比べれば半分以下のコストで済むのが大きい。
むろんLPGに対応するために軽自動車用エンジンを開発することはもとより、燃料タンクを搭載する改造費が生じるから現実的ではないだろう。
それでも、タントなどではスライドドアが採用され、乗り降りをしやすくできるようにステップ機構をオプションで用意するなど、利便性のうえでは充分対応できるはず。後席空間についても、大人2名乗車であればさほど問題にならないのではないか。
衝突安全性などの面で軽自動車として物理的に限界があることや、耐久性に関して軽自動車がコストを抑えるための設計がなされていることは否定しないが、大手タクシー会社のきめの細かいメンテナンスを考えれば、実際どこまで使えるかを試してみる価値はあるように思える。
それほど現在の軽自動車は過去に比べて性能面で劇的に進化しているのだから、要検討の事案として提案しておきたい。
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February 29, 2020 at 09:00AM
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